元・作家志望者なの?
hidekiは元・作家志望者です。作曲を始める27歳の誕生日までは作家を目指していました。このことは高校時代の友人しか知りません。その友人らの他、知り合いや高校顧問や出版関係者など…いろんな方から「文学界を目指さないか」と勧められ本人も「ヤダ」と言いつつ徐々に覚悟を決めていたのですが、27歳から突然(訳がわからないまま)音楽の道に進むことになりました…。公表こそしていませんが、すでに短編小説やエッセイも書きあげており、時々一人で読み返しては一人でゲラゲラ笑っています。当然ながら普遍的な「歌詞」などあっという間に書けてしまうため、若干の後ろめたさから「コンセプトアルバム」という最難関の作詞に挑んでる節もあります。
Q&A🎤
hidekiがピアノの弾き語りを開始したのは40歳の6月からです。厳密には30代後半から辿々しく鍵盤を叩いてはいたんですが本格的に始めた(人の曲を弾き語った)のは40歳からになります。ピアノを弾きながら歌うシンガーソングライターは大概、幼少期にピアノ経験を持ちますがhidekiはそれに該当しません。ちなみに最初に弾き語ったのはASKAの『はじまりはいつも雨』でした。
hidekiの音楽の通知表は小・中学校通してずっと「3」です(高校では美術を専攻)。合唱は好きでしたがその他のことには何の興味もなく、縦笛もダメで筆記テストもイマイチ…といった感じです。音楽の授業は必ずしも「曲作りとリンクしない」ということを豆知識として頭に入れておいて下さい。
hidekiは元・作家志望者です。作曲を始める27歳の誕生日までは作家を目指していました。このことは高校時代の友人しか知りません。その友人らの他、知り合いや高校顧問や出版関係者など…いろんな方から「文学界を目指さないか」と勧められ本人も「ヤダ」と言いつつ徐々に覚悟を決めていたのですが、27歳から突然(訳がわからないまま)音楽の道に進むことになりました…。公表こそしていませんが、すでに短編小説やエッセイも書きあげており、時々一人で読み返しては一人でゲラゲラ笑っています。当然ながら普遍的な「歌詞」などあっという間に書けてしまうため、若干の後ろめたさから「コンセプトアルバム」という最難関の作詞に挑んでる節もあります。
hidekiは2025年上半期現在67曲のオリジナル曲を発表していますが、未発表を含む正確な全オリジナル曲数は公表していません。ただ、(例外を除き)シンガーソングライターが発表する歌は生涯でおよそ200曲〜300曲と言われておりhideki自身、歌については「400曲以上は作らない」と周囲に話しています。
ふむふむ🎵
誰が聴いても分かる通り、hidekiはとてもキレイな「声(ボーカル)」をしています。実はhidekiはボーカル学校に入った33歳からあちこちで「声の美しさ」を絶賛されており音楽関係者たちに「hidekiといえば声」と言われるほどでした。ただ、50人いたら50人が声の話をしてくるので本人は辟易して「もう…声の話はやめてくれ💧」と配信デビュー後も自分の声をアピールしないように努めてきました。ちなみにその美声ですが「無口で酒もタバコもやらないこと」が理由とされています。
hidekiのボーカル収録はほとんど一発録りです。分割では歌っていません。これは言うまでもなく「ライブ感」を優先してるためです。hidekiには他の歌手のようにスタッフがいるわけでなく、また高機能のスタジオを使用しているわけでもないのでボーカルの加工が一切できません。「それならば…」と多少音が外れようが生で歌ってる感じを出そうとデビューアルバムから一貫して一発録りの方針を取っています。当然ながら1曲につき歌う回数は他の歌手の数倍となりますが、完成すれば2度と録れない「臨場感溢れるボーカル」になってるというわけです。
hidekiは唯一「ことりゆう」と歌詞の合作(3rdアルバム/森の向こうの2355)をしています。この先も誰かと共同で歌詞を書くことはあるとは思いますが、残念ながら曲の合作についてはおそらく一生ありません。理由は「配信上」の都合です。CDやレコードは一度記録してしまえば永久に歌の削除が出来ませんが、配信では合作している相手が「やめる」と言えばその瞬間からアルバムからの削除が可能になります。そのため個人レーベルで楽曲著作権を共有するのは身内以外では難しいというより、むしろ「危険」と言った方がいいかもしれません。
hidekiはいつもキーボードで曲を作っています。ユーミンはじめ多くのシンガーソングライターは何かの拍子に曲が浮かんだらその場で録音してあとで鍵盤やギターで再現する、というやり方をしているとのことですが、hidekiの場合はキーボードの前に座りいろんなリズムや楽器の音を出しながらその場で曲を生み出します。もちろんhidekiも入浴中や料理中に曲が浮かぶことはあるのですが、本人曰く「いちいち録音するのが面倒…」とのことです。
初耳だね〜🎵
hidekiは独学で作曲を始めたため27歳当時はまだ「編曲」などの基本的な音楽用語を知りませんでした。「編曲」とは作った曲をロック風、ジャズ風、バラード風…にするか、テンポやリズムをどうするか…などその曲に合うように模様替えすることです。またイントロや間奏メロディーを作るのも編曲者の仕事なのですが、hidekiはそれを知らずに全部自分で作っていたため「編曲者って何する人なんだろう??」と30歳まで自分がすでに編曲者になってることに気付かなかった、というマヌケなエピソードもあります。ちなみにhidekiの「初めての編曲者としての仕事」は『ペンギンの交ざる音楽会』(2ndアルバム)の間奏メロディーの作曲になります。
hidekiは40歳の時に大変な「声帯出血」を患い、完治までに9ヶ月(一度治ってまた再発)を要したことがあります。その経験(恐怖心?)から人一倍「喉」に敏感になっており、以来、毎日のうがいを欠かしたことがありません。冬場の外出時もマスクとマフラーを装着し、外へのゴミ出しから戻った後や、部屋の空気を入れ替えの後ですらうがいをするといった徹底ぶりです。そこまでしているため喉は24時間365日健全な状態で保たれており、特に喉にいいものを口にするということもありません。当然ですが、hidekiは40代になってまだ1度も風邪を引いていません。
まだまだ知りたいことがあったら
言ってね〜🎵